びゅうびゅう。びゅうびゅう。風が叫んで叫んで、叫んでいる。

ビルの屋上の端っこの、フェンスを越えた先。そこで私は、足をぶらぶらと揺らしながら夜風に当たっていた。
遥か下------おそらく、50メートルはあるだろう----には、きらきらと夜景の光が輝いている。
私はそれを見ながら、目を細める。宙を仰げば、そこには夜空。

「ほしがみえないなあ」

夜空はある。
でもそれは地上の光が強すぎるせいで、霞んでしまっていた。
眩しすぎる光は他者を霞ませる。

別に私は何をしようという意志があって、この学園都市に来たわけではない。もっというなら、私はこの世界の住人ではない。偶然と、誰かが起こした気まぐれ。飛ばされた先がここだったという、ただそれだけのことだ。気まぐれに追加された、パズルのピース。トランプで言うならば、ジョーカーというよりは、真っ白い補充用のカードであろうか。私は。私は。つまるところ、私は、





「何してやがる」

「・・・一通さん」



風にかき消されないようにそこそこ大きな声で叫んだようで、一方通行さんの声が私の耳に届く。
慌てたようにこちらへ小走りに走ってきて、カシャン、とフェンスをつかんだ。
フェンス越しの会話にはなるが、別に聞こえないわけではない。困ることは、そんなには、ない。
むしろ彼に邪魔されないことを考えれば、私にとっては好都合である。



「私は、雑音みたいなものなんだよ」
「何急に語ってンだよ、危ねェだろ」
「またはウイルスかな」
「・・・いいから早く、」

早くこっちへ戻ってこい
と、苛立ったように(いや、実際苛立っている)私を呼ぶ一方通行。
反対側で、風が叫ぶ。風が叫ぶ。空が、こっちへこいと、呼んでいる。
空。私のいた場所。私の領分。ただし、翼はない。行けないんだよと思うけど、空はまだ叫び続けている。
屋上に立ち直し、後ろを振り向いて、フェンス越しに一方通行と向き合う。


「一方通行」
「なンだよ」

「ミサカちゃんのところに戻ってあげなくていいの」

「・・・あァ、お前を連れ帰ンねェと俺が噛み付かれンだよ。だから早く、」


ああ。

「それは、」

なるほど。

「ミサカちゃんのため?」

いつもどおりの顔で、私は一方通行に問いかける。
彼は一瞬詰まって、何でそんなことを聞くんだとでも言いたげな顔をして。



「そォだよ」




私は「そっか」と目を伏せて、彼に背を向けて、フェンスに背を預けて、「贅沢になりすぎたかな」とつぶやく。


前ではまだ風が叫んでいる。空が、呼んでいる。
一方通行は何もいわない。ただ、視線だけが、背中につきささる。
こっちへこいと。こっちへこいと。かえって、こい、と?


もう飛べないなんて思ったけれど、

「一度だけなら飛べる」

ただしもうこの時この場所には戻ってこれないんだろうけれど。


「オイ、


きっと何度でも繰り返す。エンディングに辿り着くまで。それが幸せな形かどうかはわからないけれど。
でもひとつわかるのは、

( 正規の形は、私がいない世界、だということだ。 )


ああなんて嫌な世界。繰り返す繰り返す、まるで魔女が操っているかのように、私はこの世界からしばらく抜け出せないんだろう。
でも、ひとついいことがある。

一歩目を踏み出す。

私は、死ねない。世界は繰り返す。どこまで巻き戻るかわからないけれど、予定調和でエンディングに繋げられるところまでは、巻き戻される。例えるならば、DVDのチャプター機能。私はどこまで巻き戻るのかは知らない。でも、戻る。チャプター終了まで生き残らなければ、あるいはこれから先に生き残ることができるように行動をしておかないと、私は、先には進めない。私だけは、そういう世界に、生きている。
だから、どうせまたすぐに会える。


二歩目を踏み出す。



風が叫ぶ。風が叫ぶ。
もう後ろから呼ぶ声は、聞こえない。

目を閉じる。壁際は格好悪いなあ。じゃあ思い切り、踏み出そうか。最後は、ヘリを思い切り蹴って、飛び出す。
そうしてわたしは、

3歩目でダイブ
( 目を開けたときには私はどこにいるんだろう )( そのときには私は、誰かを救えるだろうか )



トリップ&ループ主人公の葛藤。晴れ時々バッドエンド。
タイトルはバニラレバさまより